僕の初恋

 僕が始めて恋というものをしたのは、大学3年の夏だった。それまでにも、好きな人というのはいたのだが、それは恋とはいわない。なぜなら、性欲というものを伴わなかったのだから。つまり、好きな女の子を見ても勃起をしなかったということである。勃起をするほど好きになる。これが、恋というものの定義なのではあるまいか。勃起なしの恋。それは、ドレッシングなしで食べるサラダだ。
 本屋でバイトをしているとき、僕は彼女を好きになった。彼女はダイレクトに、僕のこころとちんぽを奪った。彼女が、レジを打つとなりで、ひくつくちんぽをなだめながら、やっとのことで在庫検索をしていたことを思い出す。僕は、顔面が熱くなるのを感じた。そして、その赤い顔を彼女に見られることを異常に恐れた。僕は、決して、好きだとはいえなかった。
 彼女と一緒に本屋のレジをしていると、彼女の香りのベールに包まれる。おそらく、僕が好きなことを、彼女は知っていたのだろう。なぜなら、僕は、常に赤面していたのだから。そして、それを知って、彼女のほうもいくらか興奮していたと想像できる。彼女は僕よりも年上であり、猫なで声で僕のことを呼んでくれた。その猫なで声が僕のちんぽをダイレクトに刺激するのだ。すると、僕はまた、赤面がおさえられなくなり、それを見た彼女は恥らいながらも興奮して、発汗のためであろう、いいにおいの体臭を発するのだ。そのとき、僕と彼女は、2人のフェロモンのベールに包まれていた。店長も、バイトの友人もそこには入ってくることができないのだ。
 しかし、そんな恋は長く続くはずがない。恋というものは落ち着いていてこそ、長続きするものではないか。そのときの恋は激しすぎたのだ。僕は、バイトのない日は、自分の部屋にこもり、うろうろ歩き回り、彼女のことを常に考えていた。彼女に似た風貌のAV女優の動画をあさり、射精回数は1日に3回以上であった。夜になると、1人、ふとんに抱きつき、もだえ、体がばらばらになりそうなほど、彼女のことを考えた。彼女との生活、結婚を妄想した。
 バイトでは、僕は、エロ本を買う客を憎んでいた。僕と彼女の前に卑猥な写真ののった本を置かないでほしかった。そんなことをされると、僕は彼女とのセックスを想像してしまい、発汗と赤面が抑えられなくなってしまうのだ。それにもかかわらず、彼女は淡々とその本を袋につめ、レジを完了させていた。その淡々としたとりあつかいが、僕の妄想を更に、加速させた。つまり、こういうことだ。彼女は、そんな本を見ても恥らわないでいられるほど、その手のことに慣れているのではないか、という妄想だ。
 そのとき、これらの妄想に、僕の体は耐えられなくなっていた。そして、僕はどうしても告白できなかった。バイトが終わると、タイムカードを押すために、2人で一緒にバックヤードといわれる狭い部屋に入る。そのとき何度も告白しようと思った。でも、どうしても言えなくて、「お疲れ様でした」と言って、さっさと帰ってしまう。そして、今日も言えなかったと泣きながら、夜道を歩いた。僕はそのとき、はじめて、「僕の人生」ということを考えた。